居心地

  商店街の中に、母に連れられて行くブティックがあった。だいたい季節の変わり目に連れていかれる。退屈だった。子どもの私は人見知りで、あんまり笑いもしないから、
「もうちょっと愛想ようせんね」と、よく注意されていた。
 アシンメトリーのボブヘアをした店員さんが、母に向ける笑顔のハーフサイズで微笑んで「どうぞ」と、ジュースやお菓子の置かれた楕円形のテーブルに私を促す。
 固い石のテーブルと同じ材質の椅子は冷たくて、座るためのものじゃないところへ腰掛けているようなバツの悪さだった。このテーブルも椅子も、見ている方が心地良いのにと思っていた。
 マネキンは皆のっぺらぼうの色白。その唇に色を塗ってみたかった。ひとつのポーズのまま静止する彼女たちは、夜中じゅう、ここで動きお喋りしているかもしれない。
「昼間はかったるいわねぇ」
「あのお客様にこのブラウスはミスよね。こっちのニットを着せてあげなきゃ」
「見てよこのフリル、ダサいわね」
 あら、いやん、ホホホ…フフフ…
 唇に色を塗ったら喋り出すと面白いのに。
 小一時間もすると、母は満足した目で店員さんに会釈して、私の手をとりブティックを出た。
「ニットの方が良かったかしらね、ブラウスがぴったりなのよ、でも色合いが気に入ってさ」
 母は大柄で、大柄の人こそ似合うデザインとか色や素材を着たらいいのよと言って、ダイエットなどはとくに考えない。
「待たせたよね。お腹すいた?」
「お弁当がいい、デパートの」
 商店街を抜けてデパートの食品売り場をうろうろした。
「このお弁当、お斎みたいね」
「おときってなに?」
「法事のあとに皆で食事をするでしょう」
「……」
 子どもの私にとって法事のあとの食事なんてどっちでもよかったし、真っ黒い大人に囲まれて、お線香のたちこめる部屋も落ち着かないし、大人たちの会食の間、親戚の子ども達と遊んでいたら、ふいに笑顔を向けてくる白い人に、笑顔を返せなかった。
「仏様になった人を見とったん?」
「ちがうよ、白い人は。連れていかんでとも、バイバイとも、どこにいくと?とも言えん」
「よう分からんね」と言って、母はめずらしくお肉も魚も入っていないお弁当を買い物カゴに入れた。


―了―

f:id:minitomato3:20211229134236j:plain