2022-01-01から1年間の記事一覧

白い夜の月 8

おばあちゃんが死んだ。そう聞いたとき、わたしは苺の香りがする赤いグミを噛んでいた。 おばあちゃんは、夫であった人の骨を抱いて、片目で六十代まで生きた。もっと生きていてほしかった。わたしがおとなになって、おばあちゃんがこどものように話すのを聞…

白い夜の月 7

おねえさんのスカート素敵ですね、と言って、金髪ボブショートの愛らしい女の子が話しかけてきた。グレープ色のシルク素材、裾に小さな蝶の刺繍。これはひとつ前のコレクションだけれど、今季も素敵なものが色々入ったから、良かったら見に来る?その流れで…

白い夜の月 6

白髪まじりのカーリーヘアを無造作にまとめた髪に、唇だけ濃いリップにふちどられ、あとはノーメイク。不詳ではあるが60前後と見受けられるその人は、対象年齢およそ20代から30代のショップへ堂々と踏み込んでくる一種異様なムードをもっていた。 この…

白い夜の月 5

スケッチおじさんと呼び名がついたそのひとは、ルックスは 、そうだな……できるかな、の、ノッポさんに似ている。50歳くらいの不思議なひとで、いつもスケッチブックと色鉛筆を持参しており、エスカレーター脇にあるベンチに座ってなにか描き始めるのだ。ス…

Fujiko,H ソロコンサート2022

父親はもういない。感染症の奴が、連れていった。 開演前、隣席のひとと少しうちとけるなか、話題は音楽から海苔漁、医療と移り、さいごにそう聞いたのだ。 今日、ステージには花がない。こんな時だからかもしれない。 そのひとは、他のピアニストは聴かない…

白い夜の月 4

ふらりと入った商業施設に狙っていたショップが入っていた。都内にいた頃、アパレルならこのブランドでやりたいと思っていたんです。何気なく言った言葉を店長は聞き逃さず、その日その場で部長に引き合わされたのだ。カフェで一時間ほど話しをしたら、社宅…

白い夜の月 3

朝になればそこは小さな独房のなかみたいだから、一刻もはやく外に出ないといけない。はやく出ないとわたしの光はコンクリートの隙間から射すだけのものになってしまう、拙い。 なに書いてんですか? 朝の掃除を済ませたあとメモ紙に走らせた思いつきのこと…

白い夜の月 2

在庫確認したいので、少し観ててもらえますか? 人出がなく、いや違う、部長はあえて雇わない、各ショップ店長をひとり置くというスタンスでいる。臨時スタッフを雇うことはあるが、基本すべての管理運営は各ショップの店長に委ねている。たなかまきこさんに…

白い夜の月 1

カラフルなグミに埋もれていたの。 グミを食べたと? いいえ。だってあんな音のするものは食べられないわ。 音って? ぴちぴち。赤いグミも青いグミもぴちぴちぴちぴち。 音は止まんの? そうね、時々しんとするのだけど、やっぱりあれだけの数だから。 気が…

オッパイ3

次の日。産婦人科の待合室で育児の記録ノートと睨めっこしながら、婦長さんが連れていった我が子を待った。三時間おきに母乳にトライしているが、自信がないので母乳のあとミルクを追加する。飲む量は30ccから80ccと、そのときどきで違う。「お子さ…

オッパイ2

「あの時ね、ラジオ体操から帰って来たらアンタ、泡吹いて倒れたのよね」「救急車のなかで意識がもどったでしょう」「そうよ、どんなに心配したか」「あれからしばらくお薬飲む生活があったね」「小学生のあいだはずっとね、ほんとはもっとスポーツもさせた…

オッパイ

猛暑日の早朝、無事に彼女を出産した。出産ラッシュにあたってしまい、八月の出産予定者は三泊四日で退院しなければならなかった。結構な大仕事のあとだからもうすこし休息出来るかと思いきや、出産と同時に渡された過密スケジュールをただただこなす、入院…

アンパンマンについての所感

ロールパンナはメロンパンナのおねえちゃん♪ そう、おそらくわたしは育児というものに携わる機会がなければ、アンパンマンという絶大な人気を誇るアニメをじっくりと観ることなぞなかっただろう。しかも何回も、何話も。 「ママあそぼ」と、チビちゃんが持っ…

春よ来い ーつづきー

「飯食う?まだ眠る?」 夫の声を聞いたときはもうすっかり陽が落ちていた。「帰ってたんだ」「うん今ね、おかんが茶碗蒸し作ったけど食う?」 下へ降りると早速チビちゃんが片方の脚に抱きついてくる。「マンマ食べたの?」 抱きあげる。んふーっと笑う。「…

春よ来い

指の間を柔らかな毛がすべる。つとっ、と、芝生の上に前足をついたバッハは鼻先で草を嗅ぎ分け、だいたいいつもの位置で用をたした。わたしは見計らって彼にロープを投げ、それは花壇の上に落ちる。”ヨシ”と言うまで彼は待つ。生後4カ月頃にしつけた頃から…