夢十八夜

「第十八夜」 彼はいつも長い黒髪を丁寧にといていたし、彼はいつもロッキングチェアーに揺られながらクラシックを聴いていた。 少女は彼という大人が周りの誰とも異質であるようすを幾度となく見かけるのだが、彼という大人から気味悪さを感じとることはお…

ナポレオン=ボナパルト

フランス革命直前の五月、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンはボン大学の受講生であった。この頃革命に対して周辺君主国は反発。とくにオーストリアはマリー・アントワネットが囚われ、つよく反発していた。 王政を倒す革命など認めない。連合国の総司令…

アナンケ

戯曲は面白い。スタン、スタンと、作者が鉱石を掘り出すように岩を割る音が聴こえる。 カジモドはゼウスの妻ヘラに捨てられたヘパイストスを思わせる容貌で登場し、彼の扶養者である副司教のクロード・フロロとの間では二人にしか分からない身ぶりの言葉を通…

争いより愛を

窓の外に流れる中洲の街を眺め、前日の夜に見たニュースのことを思い出していた。 戦禍の子ども達は、腕に自分の名前を書いていた。それは死んだあと自分達のことを知らせる為だと話していた。私はひどく苦しい気持ちになって、しばらく涙がとまらなかった。…

映画所感🎞️

ミア・ファローといえば、1978年版のナイル殺人事件を観た時に初めて知り、何だかこう内臓に掴みかかってくるような演技をする役者さんだなぁと思っていた。 今夜は『フォロー・ミー』という映画を鑑賞し、思わず飛び跳ねた。良い♡良いではないのォ♡ ミア・…

わたしがブログを書く理由

浴び続ける情報量と体験のなかに日々生きていると、眠っている間にみる夢だけでは、それらを処理出来ない。知覚は立ち上っては消えていくし、こんなにも違う1人ひとりの人間が、よくもまあ一応の秩序に治まりながら生きている。わたしは人間の不思議さに好奇…

おきゃくさん 3

この夏、すきな子が出来た。 すきになる予兆は祭りの日にあった。あの日、園庭では金魚やヨーヨーや提灯といった色鮮やかなものたちが子どもらの目を楽しませていたが、彼女はその日、色を統一していた。どの子もバラバラに選ぶ色を彼女はその日はオレンジな…

おきゃくさん 2

リーフ形の皿にシマアジの薄造りをのせて刻んだ紫蘇をふる。紫蘇は最近やっと克服したもののひとつだ。料理本に飽き、クックパッドに飽き、はて料理に飽きないようにつぎは何をしようと考えていたら、ユーチューブに気に入った料理人を見つけた。料理人とい…

おきゃくさん 1

二、三日前から右目のふちが痒いから、綿棒でつついていた。そうしたら四日目の夜にそこがぷうーっと腫れる。「おきゃくさん来た」 瞬きするたび、じいいん、じいいん。痛みより熱っぽさが勝つ。涙袋がめくれた唇のようにふくれた。時々睫毛が刺さって痛む。…

白い夜の月 8

おばあちゃんが死んだ。そう聞いたとき、わたしは苺の香りがする赤いグミを噛んでいた。 おばあちゃんは、夫であった人の骨を抱いて、片目で六十代まで生きた。もっと生きていてほしかった。わたしがおとなになって、おばあちゃんがこどものように話すのを聞…

白い夜の月 7

おねえさんのスカート素敵ですね、と言って、金髪ボブショートの愛らしい女の子が話しかけてきた。グレープ色のシルク素材、裾に小さな蝶の刺繍。これはひとつ前のコレクションだけれど、今季も素敵なものが色々入ったから、良かったら見に来る?その流れで…

白い夜の月 6

白髪まじりのカーリーヘアを無造作にまとめた髪に、唇だけ濃いリップにふちどられ、あとはノーメイク。不詳ではあるが60前後と見受けられるその人は、対象年齢およそ20代から30代のショップへ堂々と踏み込んでくる一種異様なムードをもっていた。 この…

白い夜の月 5

スケッチおじさんと呼び名がついたそのひとは、ルックスは 、そうだな……できるかな、の、ノッポさんに似ている。50歳くらいの不思議なひとで、いつもスケッチブックと色鉛筆を持参しており、エスカレーター脇にあるベンチに座ってなにか描き始めるのだ。ス…

Fujiko,H ソロコンサート2022

父親はもういない。感染症の奴が、連れていった。 開演前、隣席のひとと少しうちとけるなか、話題は音楽から海苔漁、医療と移り、さいごにそう聞いたのだ。 今日、ステージには花がない。こんな時だからかもしれない。 そのひとは、他のピアニストは聴かない…

白い夜の月 4

ふらりと入った商業施設に狙っていたショップが入っていた。都内にいた頃、アパレルならこのブランドでやりたいと思っていたんです。何気なく言った言葉を店長は聞き逃さず、その日その場で部長に引き合わされたのだ。カフェで一時間ほど話しをしたら、社宅…

白い夜の月 3

朝になればそこは小さな独房のなかみたいだから、一刻もはやく外に出ないといけない。はやく出ないとわたしの光はコンクリートの隙間から射すだけのものになってしまう、拙い。 なに書いてんですか? 朝の掃除を済ませたあとメモ紙に走らせた思いつきのこと…

白い夜の月 2

在庫確認したいので、少し観ててもらえますか? 人出がなく、いや違う、部長はあえて雇わない、各ショップ店長をひとり置くというスタンスでいる。臨時スタッフを雇うことはあるが、基本すべての管理運営は各ショップの店長に委ねている。たなかまきこさんに…

白い夜の月 1

カラフルなグミに埋もれていたの。 グミを食べたと? いいえ。だってあんな音のするものは食べられないわ。 音って? ぴちぴち。赤いグミも青いグミもぴちぴちぴちぴち。 音は止まんの? そうね、時々しんとするのだけど、やっぱりあれだけの数だから。 気が…

オッパイ3

次の日。産婦人科の待合室で育児の記録ノートと睨めっこしながら、婦長さんが連れていった我が子を待った。三時間おきに母乳にトライしているが、自信がないので母乳のあとミルクを追加する。飲む量は30ccから80ccと、そのときどきで違う。「お子さ…

オッパイ2

「あの時ね、ラジオ体操から帰って来たらアンタ、泡吹いて倒れたのよね」「救急車のなかで意識がもどったでしょう」「そうよ、どんなに心配したか」「あれからしばらくお薬飲む生活があったね」「小学生のあいだはずっとね、ほんとはもっとスポーツもさせた…

オッパイ

猛暑日の早朝、無事に彼女を出産した。出産ラッシュにあたってしまい、八月の出産予定者は三泊四日で退院しなければならなかった。結構な大仕事のあとだからもうすこし休息出来るかと思いきや、出産と同時に渡された過密スケジュールをただただこなす、入院…

アンパンマンについての所感

ロールパンナはメロンパンナのおねえちゃん♪ そう、おそらくわたしは育児というものに携わる機会がなければ、アンパンマンという絶大な人気を誇るアニメをじっくりと観ることなぞなかっただろう。しかも何回も、何話も。 「ママあそぼ」と、チビちゃんが持っ…

春よ来い ーつづきー

「飯食う?まだ眠る?」 夫の声を聞いたときはもうすっかり陽が落ちていた。「帰ってたんだ」「うん今ね、おかんが茶碗蒸し作ったけど食う?」 下へ降りると早速チビちゃんが片方の脚に抱きついてくる。「マンマ食べたの?」 抱きあげる。んふーっと笑う。「…

春よ来い

指の間を柔らかな毛がすべる。つとっ、と、芝生の上に前足をついたバッハは鼻先で草を嗅ぎ分け、だいたいいつもの位置で用をたした。わたしは見計らって彼にロープを投げ、それは花壇の上に落ちる。”ヨシ”と言うまで彼は待つ。生後4カ月頃にしつけた頃から…

居心地

商店街の中に、母に連れられて行くブティックがあった。だいたい季節の変わり目に連れていかれる。退屈だった。子どもの私は人見知りで、あんまり笑いもしないから、「もうちょっと愛想ようせんね」と、よく注意されていた。 アシンメトリーのボブヘアをした…

どっちがメイン?どっちもメイン!

今も、それぞれの町に、お好み焼き屋さんを見かけるとホッとする。粉もの文化が根付く地域で育ったわけではないが、単純に、祖母の好きなものの一つが、お好み焼きで、我が家の食卓には定期的にのぼっていた。 その当時は、お好み焼きミックスなるものはなか…

シーグラスの池

用はないのに足を運ぶ店があった。子どもの頃、私にとって、雑貨屋さんはそういう場所だった。 フランフランやアフタヌーンティのように大型のものじゃなく、もちろん100円ショップもない頃。町の雑貨屋さんにはそこだけの空気が漂っており、子どもの私は…

マネキン

半年もの間、裸のマネキンはフロアの端に寄せられていた。そこは郊外のショッピングモールで、閑散とした店の並びを見ていると、古い記憶が引っ張り出されてくる。 故郷のアーケードはかつて栄えていた。全蓋式アーケードに立ち並ぶ店は、多種雑多の賑わいを…

フジコ・ヘミングの夕べ・Ⅳ ~夜は朝を抱きしめたあと静かに仮死し…~

あの大きな手から繰り出される繊細な音が、ここにいる人、ひとりひとりの無数の記憶を手繰り寄せ、感情を揺らしている。 氏のラヴェルを聴きながら、感極まっていると、薄明りの方々から、すんすんと泣き声がする。 ラヴェルで湿り気を帯びた胸に、リストの…

フジコ・ヘミングの夕べ・Ⅲ 言葉はその感情の許容量をはかれない

目が覚めると、父に頻繁に電話していた冬の頃を思い出す。 *** どう?調子は、と聞いたら、こんなリハビリをした、こんな食事が出た、とか。院長回診があり縮小版白い巨塔みたいだった、とか。父は母と違って話を面白くする為に盛るとかそういうところが…