白い夜の月 2

 在庫確認したいので、少し観ててもらえますか?
 人出がなく、いや違う、部長はあえて雇わない、各ショップ店長をひとり置くというスタンスでいる。臨時スタッフを雇うことはあるが、基本すべての管理運営は各ショップの店長に委ねている。たなかまきこさんにソックリの彼女はこの小さな街で、自分の受け持
つブランドの売り上げ、全国2位を誇っていた。

 そんなに頑張らなくたって、よく売れているじゃない。斜向かいの熱女はまたわたしの頭を撫でに来た。

 好きなんです、在庫整理。正確に言えば、タグに印字された数字とアルファベットを暗記するのが好きみたい。

 ゆるくなっていたボディーの腕をそっと折って接続部の金具を指先でひねる彼女の動きはすべてが艶めかしく、これは水曜日の女が逆立ちしても敵わないだろう。

 薄暗く、冷えたストックルームに積んだななつのパッキンをひとつずつ開ける。初秋もののツインニットが色とりどり。糸の色味は少し落ち着いてきた。この夏はラメ混のものだらけだった。みっつめを開ける頃はスカート、形はマーメイド膝丈が人気。生地はポリ混
の綿が履きやすい、色は動向を観て追加発注すればいい。初秋はダークブラウンとピーコックグリーンが売れると観た。いつつめになると小物がわさわさ、小物はディスプレイに
かかせないし、やみくもに選んでは良くない、ツマみたいなものだ。
 ななつの白いパッキンをつぶして、フロアへ戻り、部長に内線でボディーを変えてくれと頼む。何故かと聞かれ、腕がなく胸が平らなボディーにして欲しい、その方が今季のデザインが映えると言ったら直ちに新顔のボディーが5体、フロアに降りてきた。腕があっ
て胸の盛り上がったボディーはよそのフロアへ移り、すました姿でスーツを着た。

***

 夜、社宅のマンションに帰ると心細い。それでハラちゃんに電話する。ハラちゃんは真裏のショップで大量のTシャツとチノパンを売る物凄く感じの良い子だ。

 ハラちゃん、ハラちゃん、近頃社宅にいるとグミに埋もれてしまって困るの。

 冗談はいいですから、やっぱり1時間かけて通勤したらどうですか?新築の、あんな素敵な家じゃないですか。
 
 お家は素敵ね。住みたくないのよ、母さんと、今はまだ。

 わたしには分かりませんて、母さんいないもの。

 そう、そうだったね。ごめん。大丈夫、朝が来たら職場に行けるもの、あそこに立ってるのが一番好き。ハラちゃんもいて、お客さんもくるし、まきこは可愛がってくれる、熟女も撫でてくれる。

 部長のお気に入りですからね、顧客もついたし、へんなのも来るけど。あのスケッチおじさんとか。

 ハラちゃん、仕事たのしい?

 ん、分かんないですね。出来れば隣のビーズ屋で働きたい。

 隣のビーズショップの店長さんには米軍の彼がいる。 彼はわたしの前を通るとき必ず声をかけてニカッと笑う。
 
 SMILE!
 
 わたしに声をかけるのはこれだけで、接客中は決して言わない。閑散としたフロアで黙々作業する姿を見るときにだけSMILEと声がかかる。そう言われると逆に照れくさく笑えないが、ビーズ屋の店長さんには良い彼氏がいるのだな、と、ひとりでに微笑んだ。

 給料は安い。安い上に自社ブランドの旬のものを着て、着た服をつぎつぎ売って、それが繰り返される。消費スパイラルにウンザリしたある夜、ぱんぱんに腫れた脚を引きずって、おにぎり屋さんに辿り着く。

 おかかと鮭、あとベーコンのやつ下さい。

 暖簾の向こうにカウンター席が見えたが、持ち帰りにして社宅裏の寂れた公園まで歩いた。薄暗くなると若い女と米軍のカップルをよく見る公園だが、今日は誰もいなかった。そのかわりさっきから足もとに桃色の猫が擦り寄ってくる。公園のベンチに腰掛けて膝の上におにぎりの包みを開いた。塩むすびに厚切りベーコンが巻いてあるのをぱくん。あたたかい米粒が寄り添って湯気をたてるとこへ、またぱくん、ぱくん。ぶるぶる、ぶるるん。

 ジャケットのポッケで携帯電話が鳴った。右手の指についた米粒を祇めてから、それを取り出して開く。

 そんなところで握り飯なんか食ってないで、はやく帰宅しろ!そう聞えたが空耳か、ぴちぴちぴちぴち、ただぴちぴち。

 携帯電話をポケットに戻し、桃色の猫に鮭の入ったおにぎりをあげる。猫は細く笑ってがつがつやり始めた。うみゃあ、うみゃあ。うみゃあ、うみゃあ。

 社宅に帰ると、グミの洪水で鷲いた。まったくどこからこんなに湧いてくるのか。

 のいて!

 靴を脱いだら靴底に整列し出すグミら。朝になれば消えているから、もうなれた。なれたは嘘だ、なれたらいけない。

 カラフルなグミに占拠されたワンケーの部屋、グミの山に身を投げた。赤青黄色燈緑、薄柴・・・・・・透明のグミをつまんで目の前にかざす。向こう側に蓮華畠が広がってたらいいな、牛蛙の鳴くあの沼池でもいい。

 おばあちゃんに逢いたい。

 そう呟いたらグミは一斉にぴちぴち鳴り出してうるさくなった。無臭のカラフルなグミに埋もれて眠る。放っておくと音はいつも小さくなって消えた。

 

 

つづく