白い夜の月 1

カラフルなグミに埋もれていたの。

グミを食べたと?

いいえ。だってあんな音のするものは食べられないわ。

音って?

ぴちぴち。赤いグミも青いグミもぴちぴちぴちぴち。

音は止まんの?

そうね、時々しんとするのだけど、やっぱりあれだけの数だから。

気が狂いそうやね、耳も目もへンになりそうやね。

おばあちゃんはもっとすごいの、見たでしょう?

見たらいけんもの見たから、バチがあたって片方見えんの。

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 新宿東口。ビル風に背を押されていた。
 

 ストックルームで高価なスニーカーを見せびらかしながら、あなたたちも年間で一番売り上げたら欲しいものが買えるわ、と、店長が言った。

 百万円のスニーカー?

嘘でしょ、だってアヒル描いてあるよ。それは某人気スポーツメーカーのものだった。いらんわ、わたし強羅温泉行く。美人が毒づくと、いらないねと笑ったサブ店長は、あたしホストで飲む。と言った。それらを聞きながら、わたしは生活のことばかり考えていたのが懐かしい。

新宿の店はドロップスみたいだった。

デパ地下にいたの?

ちがうちがう、テイストはJJ,cancan,エビちゃん好き?

鮮魚コーナー?

やだもう、ふざけないで。前ここに居た店長に、このブランドはチェリーの香りがするって言ったら、妙な顔になって彼女、革のスカートを手に、これが牛クサイって言うのなら分かるけどって言うのね。冬場の倉庫はクサイわね、羊も駱駝も入り乱れて。

じゃあその革のスカートを買うわん、あなたの社割でお願い。

ローズピンクとパステルピンクがございます。

クロにしてよん。
斜向かいの熟女はよくしなる声で、よくわたしを撫で撫でしにくる。

若い子は牛も駱駝もピンクでいいの、若いうちしか着れない服を着ていたいのよ。

もう若くないから無理よん、クロ、お願いね。熟女が長い指を翻して持ち場に戻ったのは、水曜日の女がつっと背筋を伸ばして挑むようにこちらを見たから。

 斜向かいの店にやってきたツイードの女性は、水曜日、必ず服を買いにくる。ほんとうは服なんか欲しくない、と思われる。斜向かいの熟女に無言の闘いを挑みに来るだけだ。
 硝子張りの向こうに水曜日の女が見える。手の甲でひらひらと、斜向かいの店に並ぶシックなワンピースを選んでいるふりをしている。いつも目深に被られた帽子にサングラスだから顔が見えない。熟女の方はなにも隠さない。いつも堂々としなる全身から、高濃度のフェロモンが放出されている。甘い線香の匂いがする。しばらく観ていたら水曜日の女は真っ白いジャケットをカウンターへ運んだ。お会計のときだけ勝ち誇ったように胸を張る、カードを差し出す、夫名義らしい。品物を受け取ると少し肩を落とし、フロアをゆるく流れるジャズに乗って立ち去った。

 ゆるいジャズが軽妙なボサノバに切り替わる頃、学生服のマナちゃんがわたしのところへ飛び込んできた。学校が嫌い、父親がいない、母親は借金まみれ。そう言うマナちゃんだが、明るく丸い眼で真っ直ぐわたしに向かってくる。週に2度はお喋りにくる。

今日はなんにする?

じゃあココアを、アイスにしといて。

ジャ!
 わたしから小銭を受け取り、隣接のコーヒーショップへ向かうマナちゃんは背が高い。マナちゃんが欲しがるフリンジのスカートを、マナちゃんのサイズと彼女の好きな色で1着とってある。高校生のお小遣いじゃプロパー買いは負担だろう。次の展示会前、セールにかける。新宿じゃなくて良かった。ここは小さな街だけど、ひとりひとりに出来るだけ応えてあげられる。

マナちゃんがココアを持って戻ってきた。

マナちゃん受験生だっけ?どこいくの?

早稲田!ワセダー本。

何したいの?

演劇!エンゲキ一本。

 マナちゃんの夢とわたしの夢は違っていたけれど、こう言った。

 ワセダ!絶対に合格してね。マナちゃんが合格して独り暮らしに慣れた頃に上京するよわたし、もう一度。

 マナちゃんはその抱えた背景をすっぽり隠す満月みたいな笑顔でまたねと背を向ける。紺色のプリーツの裾が揺れた。

つづく