白い夜の月 3

 朝になればそこは小さな独房のなかみたいだから、一刻もはやく外に出ないといけない。はやく出ないとわたしの光はコンクリートの隙間から射すだけのものになってしまう、拙い。

 なに書いてんですか?

 朝の掃除を済ませたあとメモ紙に走らせた思いつきのことを、ハラちゃんに見られてしまった。

 疲れてます?グミの話とか、ボディーが夜な夜な社宅を襲う夢とか。

 2階フロアから部長の声がする、朝は声が響く。
 
 あと5分で朝礼が始まる。

 今日仕事終わったら、あご出汁ラーメン食べません?

 いいね、行く♪

 1階と3階のショップ店長が皆、コントロール表とメモ帳を持って2階に集まった。円になり、まきこ部長が挨拶をし、各店舗月初の目標に対しての達成率を報告する。新作の紹介と売れ筋。たとえば持ち場で扱っていない品物を求められたとき、他のショップへお客様をお連れする為の自前確認。その他確認作業を行う。まきこがしっかり舵を取るので皆んな結構楽しくやっていて、まきこは売上さえ作ればやり方は各々自由でいいと言うタイプの上司だったから、給料は安くても辞めたいという者は少なかった。


 その日は午前中に、ハラちゃんの受け持つブランドの本社から、営業の女性が視察にみえた。細く切れ上がった目、高い鼻の中央にある黒子が印象的で、160センチのハラちゃんより頭いっこぶん背が高い。

 どうも、こんにちは。

 真裏のわたしにも気さくに声をかけてくれた。会うのは2度目だ。わたしはさりげなくハラちゃんの扱うTシャツの型番の豊富さを誉め、このあたりのラインナップを増やして欲しいとねだってみた。ハラちゃんとこのお客様受けがよいもの且つ、わたしのお客様にもセット売りしやすいものを。

 打ち合わせに出ますので、戻るまでお願いします。

 ハラちゃんに頼まれ、しばらく円のなかにひとり立つ。ハラちゃんとわたしはひとつの円のなかに居る。中央の電話とポスと事務用品を共有し、いつも半月のなかでそれぞれのブランドが動いている。ハラちゃんの方が賑わい、わたしの方が静かなとき。わたしの方が熱気に包まれ、ハラちゃんの方がひんやりするとき。どちらもホットなとき。どちらも沈むとき。ハラちゃんもわたしも不思識と嫉妬しあうことがなかった。ロにしない連帯感のようなものがふたりを繋いでいるのかもしれなかった。

 ハラちゃんが戻り、営業さんが帰社し、通常業務を終えたあと、ハラちゃんと向かい合って日報を書いた。ちぎったタグから数字を拾い電卓をはたく。月末の達成感と月初の焦燥感が同時にくる。ハラちゃんがこちらのコントロール表をのぞいた。

 144%ですか?うちは130%。

 ハラちゃんとわたしは若手のツーホープらしく、撤退するというメーカー側に、この子とやってみる、と、互いの営業担当に気に入っていただいたので、頑張るしかないね、というところにいた。

 商業施設内の入れ替わりはどこも激しく定着させる為にはそれなりの努力がいるし、ブランドにも火がつく周期がある。短大を卒業するとき某化粧品メーカーの内定を取っていた、しかしそれは関西地区の採用であり、おなじメーカーの関東地区とは地区別採用だった。両方受けて関東地区の最終面接で落とされた。理由は社宅がなく激務で実家通いのみの採用にしたいということだった。最初から言って欲しかった。諦めきれず、中途採用を待つつもりで一度は上京したが現実は厳しく、おっしゃる通りの生活具合が続いた。同郷の友人がやはり上京していたから一度会って話をしたとき、彼は和食の有名料理人に弟子入りしたがやはり2年で挫折して福岡のカレー専門店で働き出した。思うように進まない現実、アパレルをやるならせめて好きなブランドで働きたい、おなじ消耗するなら。子供の頃から馴染みのある小都会くらいに住んでみようか。ふと思い立って来たこの地に思わぬ縁が転がっていた。


つづく