白い夜の月 4

 ふらりと入った商業施設に狙っていたショップが入っていた。都内にいた頃、アパレルならこのブランドでやりたいと思っていたんです。何気なく言った言葉を店長は聞き逃さず、その日その場で部長に引き合わされたのだ。カフェで一時間ほど話しをしたら、社宅もあるから来週から来て欲しいとあいなり、後から分かったが当時の店長は安定期だったのだ。 つぎの店長候補を探していた。

 蓋を開けたらさあ大変。ブランド側は撤退する気満々でいた。初めて立ってみればそこは2階エスカレーター裏、照明は暗く、ふきだめのような場所だった。売れないブランドは導線も少ない。少しびっくりしたのは殆ど引き継ぎがなく、すべてを丸投げされたことだ。電卓を片手にストックのタグをチェックした。七百万の数字が浮かぶ。店頭に並ぶ在庫と合わせたら、んー。これをひと月で売り切らないと拙いという話だ。んー。
 部長がフロアを巡回していつも一緒にいる女性と雑談を始めた。あの子も直ぐに辞めちゃうでしょう、のようなことをいう女性を眼の端に捉えた。たじまようこさんに似ている。

 わたしは強行手段をとることにした。前の責任者が残した余剰在庫を先ずは完売することを目標に原価40%の少し上乗せでマイナスを出さないように、すべて55%オフにした。委託ではなく買取なので、次の展示会からは慎重に仕入れなくては、それから、この街のここへ来る女の子たちのことを少しずつ知ろうと思った。

 セール前のプロパー商品を原価率近くまで落とすとは何事かと、たじまは怒った。しかし、まきこは大らかに笑って、やるなら新作とのセット売りを意識しなさい、と言い。狭いスペースの導線を少しでも拡げるようにと、いらない什器を取り払ってくれ、商品に当たる照明の数を増やしてくれた。

 わたしは必死だった。少ない給料からバックナンバーのファッション誌を買い集め、店頭にある55%オフにした商品の掲載部分を切り抜いて手書きのポップを作りアピールした。お客様ひとりひとりに、なるたけ誠実に商品の説明をしながら、いや説明よりも彼女たちの雰囲気によく合うものを一緒に探すという対応を続けた。彼女たちを普段着よりちょっぴり素敵に魅せてくれるものはどれか。その熱意が伝わっていったのか、余剰在庫はみるみるうちに売れ出して、新作もそれを追いかけるように売れていった。ひと月と少しかかったが七百万の在庫をソールドアウトした。

 すると、本社から担当者が飛んで来た。サーフィンが趣味だという背の高い男は俗に言うイケメンらしかったが、わたしは疎かったので(というより眼の前にある現実に追われていた)斜向かいの熟女たちが彼を誉めそやす意味が分からなかった。
 担当者はまきことミーティングをしてのち、わたしと年間三千万を目標に頑張りましょうか、と言ってきた。まきこは喜んで、売り場を広くしてやると言った。それでわたしは翌月から一階の広々と丸いフロアのエスカレーター側の半月に立つことになった。

 わたしの受け持つブランドの服は都心部では飛ぶように売れ、まさに旬を謳歌していた。遊び心満載、華やかでフェミニン。そのようなテイストのものを地方で売りまくるには、どうすればいい?一度目の訪問のあと、担当は毎日電話をかけてくるようになった。担当とは息が合い、うまくのせ合っていれたから、売り上げも好調をキープした。
 あるとき、たじまが通りすがり、長電話するな!と、ボディーを軽く蹴った。イラ。
 電話を終えて傾いたボディーを直し、外側から全体をチェックするのにぐるぐる歩いたピンヒールのかかとがコツコツ響く。たじまはすかさず言った。

 うるさい靴を履くな!

 売るものを履くのは当然だと反撃し、フィッティングを内側から勢いよく閉めた。
 
 ドアはそっと閉める!

 しら~っと無言でフィッティングのミラーを拭いていた。

 翌日からたじまはわたしに笑顔を向けるようになった。気に入った。とも言ってきた。まきこがなにか言ったのかしら?と思ってみたが、たじまは腰巾着のようでいてカラッとした女性だ。たじまがジトジトした女なら、まきこと連れだってはいないだろう。わたしはたじまの豹変を素直に受け入れた。そのうち皆でくじらと馬刺しを食べようと誘われた。親戚から沢山送ってくるのだと。

 そういえば昨日、スケッチおじさん来てましたよ。

 細い脚に小花柄のチノパンをはいたハラちゃんがポスを片手に寄って来た。

 フィッティングに入ってたから、いないと思ったんですかね、一周して帰りました。

 

つづく